ブログ紹介と自己紹介

■ブログについて
このブログでは都会の過疎と過密の解決をテーマに、人・物・金の流れを変えるためにはどうするかという過程と、地方での体験や、課題、素晴らしい人々、企業を紹介していきたいと思います。その過程で地域コーディネーターについてお伝えできれば幸いです。単なる近況報告も交えますが、そこはご愛嬌。
■ツイッターアカウント @yebina 

■自己紹介 
1980年 生まれ 奈良県出身 中学まで野球一筋 高校はRock BandのDrummer
2000年~2005年 大学時代は政治経済学 修士は理論経済学で経済学修士
        Jazz Drummer 河瀬勝彦先生にJazz Drumを学ぶ
2006年 アミタ株式会社 入社 人事配属 採用 研修 担当
2008年 企画部門に異動 to C(個人向け) 新規企画担当
2009年 アミタ持続可能経済研究所 
主に都市農村交流事業 環境部のCSR・環境コンサルティング 担当
2010年 アミタ株式会社 ソーシャルビジネス推進室へ異動 ソーシャルファイナンス新規事業調査
2011年 アミタグループのマーケティング部門へ異動 CSR関連のマーケティングやコンサルティングを中心に行う
2012年 アミタグループのコーポレートコミュニケーション部門へ異動(東京→京都へ転勤)
2016年 アミタグループのマーケティングチームへ異動(京都)
2017年 アミタグループのコーポレートコミュニケーション部門へ異動(京都)

■CSR(企業の社会的責任)に関してはもう一つのブログをご覧下さい。
CSRが当たり前になる世の中に
http://csr-yebina.blogspot.com/

■担当プロジェクト
2007年 自社採用サイト制作
2009年 省庁自治体 |都市農村交流事業 漁業後継者育成事業 人材コーディネート事業
2009年 企業|大手メーカー高校生環境教育支援 廃棄物管理支援
2010年 企業|環境啓発支援コーディネート
2011年 省庁|企業向けの環境啓発関連のプロジェクト
2012年 企業|環境報告書作成支援 企業のCSR・環境啓発研修
2012年 自治体|新しい公共「とことんNPOサポート」
2012年 自社キャンペーンサイト制作
2013年 自社SNS設立・運営 〜運営は2015年末まで
2013年 自社サイト制作
2014年 自社サイトリニューアル サイト新規制作
2015年3月 自社英語サイト改訂
2015年4月 自社サイト改訂
2015年6月 未来開拓者ラヂオパーソナリティ
2015年10月 100%リサイクルパンフ制作ディレクション
2015年10月 未来開拓者ラヂオパーソナリティ
2016年4月 マーケティングサイト改訂
2016年7月 未来開拓者ラヂオパーソナリティ
2016年9月 事業サイト新規製作
2017年1月  事業サイトリニューアル
2017年2月 サービスサイト新規製作

■担当領域
・マーケティング(CSR、環境、Web、CRM=コーズリレーティッドマーケティング)
・広報
・地域コーディネート →具体的に何かとは自論 地域コーディネーターとはに書きました
・ソーシャルファイナンス 寄付

■関連出版
アミタ持続可能経済研究所
「地域ビジネス起業の教科書 地域で働きたい人がはじめに読む本」
(企画、編集主担当と執筆の一部を担当)


その他アミタグループの書籍はこちら

■講演
2010年12月 立命館大学 教養ゼミナール
2012年2月 NPOとことんサポート 3講座担当
2012年3月 京都市伏見区 すばる高校
2012年11月 京都商工会議所 京商ecoサロン
2013年~2016年 京都市伏見区 すばる高校 社会人講座

他 企業へのCSR研修等 

■資格
国内旅行業務取扱管理者 他

■地域活性化や一次産業に関心のある方へ
「地域デザイン事業」地域循環のビジョン策定からインフラの建設・運用までトータルで自立型の地域創生をサポート
メルマガ「持続研通信」(無料)

■CSR 環境に興味がある方へのツール
「おしえて!アミタさん」企業の環境・CSR・サステナビリティ戦略に役立つ情報が満載!

このHPに掲載の情報・写真等の無断転載はご遠慮ください。リンクをはってご紹介いただくことは大歓迎です。
(C)Yuichiro Ebina All Right Reserve.
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テーマ : 地域活性化
ジャンル : ビジネス

地域外貨獲得だけが地方創生?

もう一つの疑問は地方創生をするとなった時、地元に雇用を増やすはわかりますが、産業創出だけが対策なのかということです。

食、エネルギー含む資源、そしてお金が地域の中で回っていくなら、衰退に歯止めがかかるのではないかということです。

この考えはある方とお仕事をさせていただき、書籍などを拝見して教えられました。そして、地域の中でそれらが回るのであれば、災害時などの有事に強い地域になるということです。

簡単に地域に入るお金より出るお金が多いと貧しくなります。よってみなさん入るお金を増やそうとします。それ自体間違いではないと思います。地元にある農林水産資源や観光資源を活用してそれを増やすのはいいでしょう。でも戦後意図的に労働人口を一次産業から二次三次産業にシフトさせていき、町で生まれ育った労働人口世代(20〜60代)をいきなり一次産業に戻すのは前述した通りかなり難しい。だから観光誘致となるのもわからなくないですが、全地域が観光で大量の人を呼べるかというと、自然・文化・立地など諸条件で難しい地域も出てきます。では過疎地域は今何も手が打てないのかというとそうでもないはずです。

ごみ処理にかかるエネルギーの削減です。中でもカロリーが低く含水率が高い生ごみを石油で燃やすというのは非常に非効率で、かつ石油が国内でほぼ生産されない日本の場合、地域外どころか海外にお金が出て行きます。(世界的に二酸化炭素排出量を制限するという背景もありますし)
一方農業で機械化とローンの問題もさることながら、肥料代もばかになりません。企業からでる食品残渣はコスト削減やゼロエミッションの流れを受けて、かなりのところ飼料と肥料になっていますが、一般廃棄物や事業系一般廃棄物と呼ばれる生ごみは地元のクリーンセンターで石油を使って燃やされています。

最小単位で行くとコンポストなどの肥料化で自家消費となりますが、過疎地の方全てが営農しているとも限りません。ので自治体単位かさらにその地域でも回収コストが合う領域でその地域から出る量の生ごみと下水処理汚泥を肥料化できるしくみを作れば、人口の大きな増減がない限り、中長期的に採算性が見えてくると思うのです。そして、それを私が勤める会社ではすでに宮城県の南三陸町とともに実施しています

今はまだ中規模の施設で運用していますが、収集運搬コストがかかる過疎地では今のままだと厳しいと個人的には思っています。しかしもし小規模単位のしくみが全国的に導入できるとなれば、プラント設計コストも下がってきます。町内会単位で小規模プラントができれば各人が運べる距離に必要な設備ができるようになるはずです。そしてそこでできた電力と液体肥料を地元で使えば、石油購入、廃棄物収集運搬費、農家の方の一部肥料購入費が削減されて行くはずです。

小水力発電や小規模の風力発電などその他の自然エネルギーとともに導入すれば、今後地域の支出は少しずつ減らせるのではないかということです。売れるような金属廃棄物などは分別して売却するという地域も出てきましたしね。

私が小さいころ(1985年頃)、地元奈良県橿原市もバキュームカーがまだよく見られました。ということは今後築30~50年の老朽化した下水処理場や廃棄物処理場が全国的に増えてくるはずです。同じように石油に依存して外貨が出て行くしくみで建て替えるのか、新たに資源が地域にめぐり蓄積されて行くしくみを選ぶのか。今日本の地方行政は一つの選択を迫られていると思っています。

現在過疎が見込まれる地域では一般廃棄物処理の広域化が促進されています。これは複数の行政で大きな焼却施設を作って合理化をはかるうごきかもしれませんが、既存路線の大きな箱物行政という点では変化はありません。人口がどんどん減っていく流れの中で、30年、50年先にどういった資産を地元に残せるかという点でのターニングポイントだと思います。

そして、もう一つ別のソリューションにトライされているのが谷林業さんの天川村での試みだと思います。こちらは通常の建材などの利用以外にエネルギーとしての地元林業の収入モデルを作り、燃料を自給するということになるのでしょうね。これは詳しくまだ伺っていませんので、勝手に迂闊なことは書かないでおきます。でも個人的にもとってもすごい挑戦だと思ってますし、日本有数の林業地紀伊山地において、そして奈良県でこう行った取り組みがあるのは嬉しいです。

色々書きましたが、

お金が入ってくるしくみだけでなく、出ていかないしくみ、地域内でお金、仕事、資源が回れるしくみがあれば、さらに人と気持ちまで繋がるようになれば、衰退に歯止めがかかって行くのではないかと思うということです。


地方都市から始める過疎対策

前回、過疎対策は地方都市や過疎地に隣接した市町村からというお話をしました。過疎地に仕事を作るのもそうだし、都市コミュニティで育った人がいきなり農村コミュニティに入るのは敷居が高い。そしてもう一つ、過疎地には小学校が統合され少なくなっているところや病院がないところがある。これでは子育て世代の移住地選択からは外れてしまう場合が多いです。

子どもの教育という観点でももちろん大事ですが、大人にとっても重要な点があります。都市のコミュニティから農村コミュニティに入る場合、子どもの方が先にコミュニティに入れる可能性が高く、PTAや学校行事を共にすることで地域に馴染んでいける点があるからです。

この点から行っても、病院、幼稚園、小中学校などが残っている場所に移住する方がはるかにスムーズです。もちろんスムーズでないから過疎地に補助金が出るというのはわからなくもないですが、都道府県単位の施策としてはやはり自走可能な地域に注力し、過疎地へ近づいていく方が結果として効果的になると考えています。

維持する限界点を超えたから幼稚園小中学校が統廃合したり、病院が閉鎖されたりするわけで、そこに無理やり戻すには不足分の経費なりを税金補填することになります。補助金というのは永遠に投入するものではなく、初期コストの負担や規模の経済で効率化を早めるなどあくまで数年後に自立する計画を前提に投入するものです。そして何より税収と国債の年間変換費が逆転してしまった財政で取れる方法ではありません。

かつて、人口が増え、GDPも右肩に上がっていた時代は税収の増大を見込んでの手法として筋も通ったのかもしれませんが、人口もGDPも第二次世界大戦後ほどの上昇が期待できない今となっては持続可能ではありません・・・

ではどうしたらいいと思っているかは次回。



過疎の原因とその対策〜私が地元橿原市周辺にこだわる理由〜

私がテーマにしている1つの課題が過疎です。かつて都市農村交流事業や田舎で働き隊、地域おこし協力隊事業に関わった時に思ったことがあります。

都会の人材をいきなり過疎地に戻すことは効果的ではない

もちろん無意味ではないでしょう。成功事例があるのも知っています。でも私が関わって、自己の反省も含めて思ったことです。

私含め、二次・三次産業のスキルはあれど一次産業のスキルはない人、田舎のコミュニティで育ってこなかった町生まれの人が過疎地に入って生業を立てるのは難しい。

そもそも過疎は定住できないから、あるいは定住し続けるのが難しいと思うから都会へ移住するはずなのです。仕事を作ることもまた都会よりある意味では難しい。

その疑問を解消してくれたのは当時島根県の中山間地域研究所センターにいた方でした。その方は島根県の過疎がどういう過程で起こるかを教えてくれました。島根県の中山間地域からいきなり東京に出るパターンは少なく、多くは島根県の沿岸に出ると。そしてその後、あるいは次世代が東京・大阪・福岡に出ると。それに自論を加えると、もしいきなり大都市圏に出るとすれば進学だろうと。(だから地方の総合大学は独自の価値を作っていかないと過疎は止まらないとも思います)

つまり、移住の流れは

中山間地域→近隣地方都市→大都市圏 です。

繋がりもなく、地元からも遠い場所に人はなかなか仕事を求めていかないでしょう。東京に夢や職を求めてというのはもちろんあるでしょう。ですが、平均の動きではなさそうです。そして奈良県でもおそらくそれは当てはまると思います。吉野町の人口ビジョンにも同じ傾向がありました。

まず奈良盆地か大阪、名古屋圏に出る。

奈良の場合大阪がそこまで遠くないですからね。同じ音楽仲間の方で、祖父母が十津川で親が奈良市付近、その方が大阪という例もありました。十津川村で聞いたお墓の話も興味深かった。昔はもっと集落がばらけていて、お墓も山の上にあった。父の世代で道路の周辺に家を建てたと。自給自足や狩猟の暮らしから利便性を求め、車で移動しやすい場所に村の中でも移動しているのではないかと。推論続きですが、私は確信しています。

そして、その逆を辿らないと効果的な過疎対策にならないのではないかと思っています。

今起こすべき流れは、
都会から地方都市へ、地方都市から町村、そして過疎地域です。

奈良でいうと、奈良盆地と奥大和と呼ばれる中山間地域との間にもっと言えば奈良盆地に仕事が増えていくことが大切だと。五條市、御所市、高取町、橿原市、明日香村、大淀町、吉野町、下市町、桜井市、宇陀市などです。鉄道も通っていて、それでいて奥大和地域が通勤範囲に入る地域です。そのエリアに仕事が増えてくれば、今盛んになっている地域おこし協力隊や移住計画などの動きはハマってきます。奈良の場合、大阪からまずは通勤で奈良へ。そのうち奈良へ移住。その後少しずつ奥大和地域とのつながりを県内交流させていけば、良いのではないかと。

ですので奈良県は南部の過疎対策のためにも中和に注目するべきだと思っています。ただし、十津川村は和歌山県新宮市、下北山村は三重県熊野市から遡る方が局所的に見たら早いでしょう。十津川村と下北山村は現地で昔の物流や今の買い物場所を聞いており、おそらくそうなると思います。野迫川村は行ったことないのでなんとも言えませんが、おそらく和歌山県橋本市になりそうですね。

参考:吉野町人口ビジョン 概要版 

映画|天使のいる図書館|奈良の日常あるある満載でした

「奈良には鳥居が多すぎる」

この名言を生んだ(と勝手に思っている)現在公開中の「天使のいる図書館」を見てきました。奈良を舞台にした映画というのはもちろんなんですが、観光名所の奈良市でも明日香でも吉野でもなく、時代劇でもなく、今の葛城を舞台にした物語というのが興味深かったからです。

奈良公園も東大寺も出てきません。でも奈良にいる人がよく知る奈良。あー奈良あるあるや!ってのが満載でした。予想外に(失礼)中身もとってもよくて、若い人と60代以上の人がともに楽しめる内容で、主役の小芝風花さんとベテラン香川京子さん、森本レオさんらがとてもうまくはまってました。脇を固めるおっちゃん、おばちゃんらもおるおるって感じの人らでした。正直感動しました。なぜ広陵町がかぐや姫の町なのかも解説されてました。主人公の弟がいる柿の葉寿司をつまんでるのもいい味だしてました。

■ロケ地と普段取り上げられる奈良の違い
県外の方向けに説明すると、見事にいつも全国に取り上げられる観光地を外して、普段のならを新らたに描いてくれた作品といえます。(もちろん私が知らないだけなのかもしれませんが。)
天使のいる図書館地図


■個人的なあるある共感ポイント
・たんぼ道を爆走チャリンコ通勤、しかもカリメロ型ヘルメットを被る。そしてでっかい亀がいて田んぼに・・・
・ちゃりんこで回れる範囲で寺社仏閣めっさたくさんある
・アップダウンそこそこあって、若干きつい
・いい感じの古い家の町並み、でもところどころ土塀と瓦が崩れてる・・・でもそれがまたいい味

■見ていてわかった場所
広陵町立図書館(メインの撮影場所ですね。)
郵便名柄館(かなりおしゃれなカフェとして映ってました)
當麻寺 
JR香芝駅(旧下田駅)(なかなか素敵なローカル線の駅っぽく描かれてました)
大和葛城山
二上山(田園風景から見た夕日の綺麗なカットが背景になってました。そこを通ったのは二両編成の近鉄だったので、西田原本線かと)
大和高田市立病院(この近くの桜並木はよく自転車で見に行きましたし、近鉄大阪線の車窓からも見られます)

■知らなかった場所
屯鶴峯
綿弓塚
鴨都波神社

自転車道やたんぼみちをチャリで爆走する小芝風花さんがはまってました。またチャリンコで行ってみたい場所が増えました。


テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

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