スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

屋久島後記6月16日 屋久島ツアーガイド 山口徹君

その後、湯泊まり温泉で汗を流しました。

湯泊まり温泉は海中温泉みたいな感じですが、
24時間入れます。海中温泉がだめだったときに是非。
ここは一応ロッカーや脱衣場があります。
ただし水着着用禁止で、仕切りはあってないようなものなので、
ほぼ混浴に近いです。女性はバスタオルが要りますね。
お湯が結構ぬるいです。
湯泊温泉  湯泊温泉からみえる景色


その後「はちまん」というお店に行きました。
最後の晩餐です。

■ツアーガイド 山口 徹君(25)


私「なんでツアーガイドになろうと思ったん?」

山口君(以下 山)
「最初は普通に大企業とかの就職受けてました。
 車が好きだから車のメーカー。環境の番組作りたいからNHKとか。
 でも動機が弱いな。そんなになりたいのかな?って。」

山「いろいろ受けてみて、自分が会社で働くってのが想像できなくて。
  それで、とにかく何したいのかなって考えて。
  自然環境と関係する仕事ないかなぁって探し始めて。
  そしたら、尾瀬のガイドのインターンがあったんです。
  それでまず行ってみよう!って。」

さっそうと歩く山口君


私「それがよかった?」

山「いろいろあってそこで働こう!って思わなかったですけど、
  こういう仕事もありなんだ。おもしろいなって。」


私「それで屋久島のガイドはどうやって探したの?」

山「検索で片っ端から探して、そしたら釧路と屋久島のガイドが募集してた。」

私「それで応募したんや。」

山「はい。」

私「すごいね。普通は疑問抱えていても、
  とりあえず企業に入ろうとする人が多いのに。」

山「自分の決断に後悔したくないというか。
  大学でもどこかに1年留学する制度があるんですが、
  普通は将来のためとか考えて、英語圏行く人が大半なんですよ。
  自分は行きたいって理由だけでモンゴルに行ってました。
  同級生もみんななんで~って言ってました(笑)」

私「人と違うってことをその当時から怖がらなかったんやなぁ」

山「別に他人がやってたら、自分やらなくてもいいかなぁって。」

私「それは共感するな(笑)でもなかなか実行できないもんやん。
  不安はなかった?」

山「生活できるのかなって不安はありました。
  でも住む家もガイドの会社が調整してくれましたし、
  今2.5万/月で住めています。」

山口邸

私「そっか。確かに屋久島は不動産屋がきちんとあるから、
  お金があれば移住できる仕組みにはなってるよな。
  地域の人とは交流ある?」

山「なくは無いですけど、とりたてて深いつきあいがあるかどうか。
  でもガイドしていたら、挨拶してそのうち顔覚えてもらえたりもします。」

私「島が広いから、まだそこまで深く入らなくても暮らしてはいけるんや。
  でもせっかく来たら地域の人達とも関っていけたらいいね。」

山「そうですね。せっかく来たので。」

私「ガイドって定額給与やないよね?」

山「他は知らないですけど、
  ガイドは1回いくらって世界なんで、仕事ない月は結構減りますけど。
  家族養ってらっしゃるガイドさんもいますよ。」

私「仕事少ない時期は何してるん?」

山「休日は山に登るか、屋久島の歴史や植物の本を読んだり、
  あといなか浜でぜいたくに寝てます(笑)」

いなか浜で寝そべる山口君

私「ええなぁ。しかし、休日も山登るんや。」

山「はい、山はいろんなコースありますし、登るたびに違う表情を見せてくれて。
  同じ山は1回としてないですけど、できる限りいろんな山を見て、
  いろんな山を伝えられるようにしたいんです。
  本は、山登ってわかんないの調べて、また登って。」

山「お客さんの質問にも答えられないのがあると調べて。
  お客さんごとに質問や食いついてくるところ違うんで、紋切り型にはいきません。
  そこが楽しい。今日のお客さんはどこに食いついてくるかなって。
  話多いのがいい人、少ないほうがいい人いろいろですね。」

私「そこがやりがい?」

山「そうですね。お客さんが楽しそうなのと、
  屋久島を通じて、自然に関心を持ってくれた時。
  あと自分のツアーを作れるってことですよね。
  ガイドさんはたくさんいるけど、みんなその人のガイドがある。
  島の人には方言や昔話ではなかなか叶わないけど、
  外のガイドでも植物の説明なんかでは努力次第で勝負できる。」

私「仕事にきちんと「わたし」がいるんやね。」

山「そういうことかもしれないですね。
  ガイドしていたお客さんと仲良くなって、連絡とるようになって。
  最初にガイドした人が同じくらいの歳で、
  なんでこの仕事選んだのって聞かれて、
  いろいろ答えてたら、今まで自分はそんなこと考えもしなかったって。
  すごく悩んじゃって。。。」

山「でも1年後また来てくれて、つながっていくってのは嬉しいですね。」

ガイドしてくれる山口君


私「そうかもなぁ。みんな山口君みたいに考えて、
  自分で動いて、決断できたらええのにな。
  みんな内定いくつ出たとか、どこの企業に決まったとか。
  大事なのは何がしたいとか、なんでその企業にしたかとかなのに・・・。」

私「今後は?ずっと屋久島?」

山「いろんなところでガイドしたいなと。
  屋久島は登山ガイドって感じではないので、
  安全対策もきちんとやりますけど、登山のそれには及ばない。
  だから雪山でもガイドできるようになりたくて。
  2,3年屋久島でガイドしたら、次を探すかもしれません。
  あとはいつか地元の岩手を盛り上げたい!って思って。」

私「そっかぁ。んじゃまた次は違うところでガイドしてもらえるなぁ(笑)」

山「ぜひ来てください!」

私「お互い地元盛り上げられるとええなぁ。
  俺も5年以上先のつもりやけど、奈良で仕事創りたい。」

山「じゃあ案内してくださいよ。」

私「それまでに勉強せんとかんといかんね(笑)」
スポンサーサイト

テーマ : 地域活性化
ジャンル : ビジネス

内子後記3月21日_石畳Iターン事情

別途空いた時間に、
古民家カフェのスタッフの方にご迷惑ながらいろいろ質問しました。
内っ子さん以外のスタッフの方々はお二人とも、
家族でIターンなさった方。

私「どうしてIターンなさったんですか?」

Aさん「6年前に来たんですが、きっかけは子供です。
    ぜんそくで、食生活にすごく気を使うようになりました。
    手作りでいろいろ作ってますが、都会だと材料費がかかる。
    だったら、自分で作れないかと。
    主人の実家が松山だったので、その際にいろいろ回りました。
    そこで石畳にめぐりあったんです。」

私「ご主人のお仕事は石畳にあったのですか?」

Aさん「茶道炭の所でやとってもらって、今働いています。
    畑も貸してもらって、出費が少ないのでなんとか暮らせています。」

愛媛県茶道炭共販会の炭焼き場

ここには半農半XのXがあったので、
暮らしていけるのだなと思った。


Bさん「私たちは今年で3年目です。
    食べ物、買うくらいだったら作りたいと思って。
    いろいろHPとかで探しているうちに石畳を知って。
    何よりAさん夫妻がいろいろ家や仕事のことを面倒見てくれて。
    すごく助かりました。」

Iターンは最初の人がやはり一番大変。
その時の苦労がノウハウになって、受け入れるほうも、
いろいろ2回目はなれてくる。

Aさん「地域に来て、おばあさん達の料理の腕前とかに驚いています。
    何から何まで自前で作ってしまう。
    ここでは今でも本当に手前味噌なんですよ。」

こういった文化を継承してくれるのもIターンの価値の一つ。
地域の高齢者は素晴らしい技術を持ってらっしゃいます。
決してクックパッドに載ることのない技術!

その後炭焼き場も見せていただきました。
そこにあった植物を商品化できないかと知り合いのMさんは、
また新しいアイデアを練っていました。
どこの地域にもおもしろいものはあります。
盆栽的なおしゃれな植物

やはり不安に思われているのは教育費のよう。
教育費だけは現金が必要になる。
そのあたりがIターンの課題の一つでした。
仕事以外だと、教育と介護が地域課題の一つですね。

こうして2泊4日の内子の旅は終わりました!
ちなみにおばあちゃんの手前味噌、めちゃくちゃおいしかったです。

■参考
愛媛県茶道炭共販会
http://www15.ocn.ne.jp/~sumiyaki/kyouhannkai.htm
ネットでも注文できるみたいです。
http://www15.ocn.ne.jp/~sumiyaki/syouhinn1.htm

テーマ : 地域活性化
ジャンル : ビジネス

Iターン漁師さんとの懇親会

その後は食事も兼ねて、Iターン漁師さんとの懇親会。

Iターン5年で異例の速さで船主になったTさんと懇親。
また、現在乗り子として修行半年がたったOさんも来てくれた。

島の外から来た人だけあって、
研修生はかなり聞きたいことが聞け、
またわかりやすく説明してくれた。

「最初に困ったのは漁師言葉がわからないこと。
 いろいろ言われて怒られるんだけど、
 何を言われているか分からない上に、
 聞き返すと怒られて、わからないままやってまた怒られて。」

いろいろ苦労があったようだが、乗り越えられた理由はとうかがうと。

「やっぱり親方が最初に島の若い漁師に、
 こいつを頼むと言ってくれて、その後若い漁師仲間から、
 飲み会の誘いなどが来るようになった。
 若い人達と仲良くなかったら、やっぱり続かなかった。」

「神津の一本釣りは基本船主1人か船主と乗り子の2人で漁にでる。
どんなにいい親方でも雰囲気が悪くなることもある。
そんなとき若い漁師仲間が助けてくれたり、
間をとりもってくれたりした。」

仲間の存在が大きかったよう。
島という閉鎖されたコミュニティな上に、
親方と二人で船に乗る毎日。
娯楽も限られるため、やはり友人とのノミニケーションが重要のよう。

「どの親方につくかがとっても重要。
一度親方につくと、親方側の都合でもない限り、
島の中で他の親方につくことは許されない。」

「島での生活はネットがあるから随分便利。
 島に電気屋がなくてもネットでそろう。
 翌日がしけで漁がないときはTVゲームしたりします。」

との意外な一面もあった。

OさんはTさんと同じ親方についているのだが、
どうやらTさんのときより随分と優しくなったよう。

生粋の漁師さんであった親方は、自分も厳しく教えられたため、
それが当たり前だったが、Tさんを育成される中で、
随分と変わってきたとの事。

最初に道を築く人はいつも大変な思いをする。
でもその次に続く人に希望を与える。
Iターン者でも船主になれる。

その後は、旅館のオーナー、Sさんが、
漁具について説明してくださった。
昔は手作りだった道具も、中国から安価なものが発売され、
随分漁師の手入れも楽になってきたとのこと。

研修生一同も大きな期待をもって、その日の懇親会を終えた。

テーマ : 地域活性化
ジャンル : ビジネス

FC2カウンター
記事から探す
プロフィール

ebiy1

Author:ebiy1

最新記事
twitter
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QRコード
最新コメント
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
ビジネス
768位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
マーケティング・経営
200位
アクセスランキングを見る>>