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気ままに奈良南部めぐり12 十津川村 歴史民俗資料館

150524_十津川村_民俗資料館
福屋利休でお土産を買って、そのまま十津川 歴史民俗資料館へ。
いやはや、ここは十津川村をある程度まわってから行って良かったと思いました。

明治維新に大活躍?十津川郷士

資料館を見てもまだまだ謎が多い十津川村のようですが、
維新では天誅組に加担したり、成敗に活躍したり。
その相関図もあって私は大満足。

そして、先日書きました玉置神社の鐘の謎も神社しかないのに、
お葬式が仏教と神道の混ぜこぜになっている理由もここで明らかになりました。

創立150年以上の歴史を持つ十津川高校

十津川高校は旧文武館からの流れをくみます。
県下1の歴史を誇ります。なんてったって、
1864年(元治元年)孝明天皇の勅許により、儒官・中沼了三が私塾として文武館を設立が始まりです。
私の母校も20年前に100周年なので…

十津川村は明治期の地租改正まで税のない地域でした。それもあって比較的裕福な土地だったとか。
そして、なぜこの辺境の地から維新に名を連ねる人材が出たのか。
それもまた教育だったということがよくわかりました。
でも攘夷論がこの十津川村にも及んでいたのは驚きです。

十津川村から江戸へ剣術修行に出ていた方もいて、
桃井春蔵およびその高弟の黒谷(くろや)佐六郎に鏡新明智流を学び、
2~3年して蘊奥を窮めの文武館にて剣術市販だったのですから驚きます。

薩摩、長州、土佐等と並んで宮廷警護を命ぜられたことから、
明治の皇宮警察には大半が十津川郷士が命ぜられたとのこと。
一方で勤王の獅子になった上平主税などは、横井小楠暗殺事件を起こすなど歴史にいろいろ出てきます。

なんぜ龍馬暗殺の際に、暗殺者は十津川郷士と名乗ったとか。
少なくとも坂本龍馬か中岡慎太郎と交流があったのでしょうね。
(実際暗殺したのは十津川郷士ではなさそうだというのが今現在の論調ですが)

教育ってすごい

これだけ地の利が悪いところでも、
教育制度が充実すれば、都会へ留学するし歴史の舞台にも登場します。
昔の藩が小さく別れていたことの功罪ありますが、
1つの国としての意識があれば、中央の補助金に依存するメンタリティーもなく、
自立しようと思ったのかもしれませんね。

ちなみに十津川村はこの高校があるから、
多少なのですが高校時代に村から出るという選択肢以外があるようです。
ただし、車が使えないので集落によっては村内でも寮生活になります。

そんな十津川村にも工芸コースができました。
これによって、村の人材が村内で自活できる道も少しながら可能性が広がりました。

工芸コースがやっている木灯館は橿原市のイオンモールにあります。
今度行ってみようと思います。
昼食を道の駅でいただいて、次はいよいよ谷瀬の吊り橋です。

木灯館
〒634-0837 奈良県橿原市曲川町7丁目20番1号
(イオンモール橿原十津川の森敷地内)
TEL 0744-46-9841
FAX 0744-46-9842
営業時間 10:00〜17:00
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