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屋久島後記6月15日 縄文杉へ

前日早々に眠るつもりが、
なぜか眠れず、カメルーン戦を見てしまいました!
やったぜ日本。

朝は山口君が仕事前にも関らず迎えに来てくれて、
車で荒川登山口へ向かうバス停まで送ってくれました。

登山口に向かうバス停までは、島の各地からバスでも来られます。
バス停からは荒川登山バスにのって、30分くらいで登山口へ。

荒川登山口はもう電波が届きません。
ふもとの待ち合わせ時間が決まっていて、
携帯がなくてもなんとかなる場合は、もって行かないほうがいいです。
(汗やら雨で壊れる可能性があるので)

■時間
縄文杉までは、トロッコ道が片道2時間、
そこから大株歩道に入りさらに1時間半~2時間で縄文杉です。
往復8時間見ておけば大丈夫です。
地元の方でない限りは13時には下山しましょう。
個人的にはウィルソン株が良かったです。

■小杉谷集落にびっくり

荒川登山口から1時間くらいのところに、
集落跡があることに驚きました。
大正12年に林道ができてから、昭和40年代まで、
集落が存在し、戦後復興を林業の観点から支えました。
小学校まであったとか。

日本林業が大いに盛んだったころは集落も盛り上がり、
屋久島で一番最初に電化製品を買ったのもこの集落だったとか。
最盛期には133世帯、540人が住んでいたとか。

日本林業の衰退、屋久島自然保護の流れが強まり、
昭和45年(1970年)に集落の歴史を閉じました。
小杉谷説明文1小杉谷説明文2

・生業があれば、人は生活できる

■縄文杉登山については下記のページをご参考にしてください
http://www.yakushimanavi.com/jyomon1.html

■縄文杉はなぜ残ったか?

翌日山口君に教えてもらいましたが、
縄文杉は奥まったところにあったので、
切られないですみました・・・なんて事ではなくて、
十分切られる位置にありました。

では何故残ったか?

木材としての価値が低かったからだそうです。

森のいたるところに切り株があります。
江戸時代、島津藩に年貢を納めるにも、
米があまりとれなかった屋久島では木材を納めていました。

今切り株からは、苔を床にして新しい芽が出ています。
(切り株更新といいます)
これが通称「もののけ姫の森」と呼ばれる由縁です。
(もののけ姫では切り株から新しい新芽が出ていたの覚えていますか?)

■景色
カエルです。
空を見るカエル

行きの川(左)帰りの川(右) 山の天気は変わりやすいので注意!
行きの川帰りの川

トロッコ道
トロッコ道

縄文杉
縄文杉

■ツアーの森の危機
屋久島の森が幻想的な原因は、苔です。
そもそも花こう岩でできた島なので、
土が少ないです。

それでもここまで豊な自然があるのは、
苔が切り株や岩に張り付いて、種が育つ床になるからです。

逆にいうと苔が無いと屋久島の森は維持できません。
苔は人が歩いただけで壊れてしまいます。

必ず歩道以外のところに出ないようにして、
できる限りガイドさんと一緒に行きましょう。
一人で行くことも今は禁止されていませんが、
その際も説明を受けてから行くようにしましょう。

後日、えこふぁーむの中村専務に言われました。

「杉はみんなに会いたいと思ってるかなぁ?
 そっとしておいて欲しいと思ってるんじゃないかな?」

杉を見て感動すると共に、
杉を守ることも、考えてもらえたら幸いです。
そして山も守っている島の方々やガイドさんにも
想いをはせてくださると幸いです。

標高1000m近いところにどうやってトイレを作ったのか、
山小屋はどうやってできて、誰が管理しているのかなど。

■参考文献
屋久島の観光や取り組みなどは下記文献を読んでいかれると、
いっそう楽しめると思います。

大学生をムラに呼ぼう
http://www.mizunowa.com/book/book-shousai/mura.html
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