小笠原一航海_朝日と中央山_161030

原付は借りた時間の24時間以内に返却すればよかったので、9時過ぎまでは原付が使えました。ということで、最終日は日の出を見に旭平展望台に5:30頃に向かいました。そしたら既に先客が4名ほど・・・すごいなと思いました。出港日出なければもう少し少ないのかもしれませんが、皆さん考えることは似てきますね。

■旭平展望台からの朝日
IMG_4117.jpgIMG_4118.jpgIMG_4122.jpgIMG_4121.jpg

IMG_4119.jpgIMG_4120.jpg

■中央山
朝日を見た後は、昨日回りきれなかった山を回ってました。中央山も登りました。朝日が島に降り注ぐ中央山頂は絶景でした。
IMG_4134.jpgIMG_4133.jpgIMG_4136.jpg

■小笠原神社
もともと無人島だったようですが、先に白人や現地周辺の人々が移住したようです。その後、江戸時代に幕府が開拓に着手した島だとのこと。その後しばらく開拓は頓挫していたようですが、明治政府が1876年に改めて開拓に着手し、正式に日本領となったようです。そのあたりの経緯が石碑に簡潔に記載されていました。
IMG_4139.jpgIMG_4135.jpgIMG_4147.jpg

早起きは三文の得と言いますが、絶景に巡り会えた朝でした。感謝。いよいよこの日の午後は本土へ向けて出港です。

テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

小笠原一航海_旭山_161029

引き続き原付で島の北へ向かい、4時前ころに旭山の麓につきました。ちなみに写真に撮れませんでしたが、天然記念物アカガシラカラスバトと思われる鳥がみられました。で、今度はおそらく固有種のほうのトカゲも?ジョンビーチで見たのはどうも外来種っぽかった。でもわかりませんね素人には。
IMG_4081.jpgIMG_4085.jpgIMG_4087.jpg

正直午前のジョンビーチで体力をすり減らしていましたが、旭山は20分くらいで登れました。旭山は街に近く、港と街が見渡せる絶景ポイントです。
IMG_4089.jpgIMG_4091.jpgIMG_4090.jpg

IMG_4097.jpgIMG_4098.jpg

旭山にも至る所で戦跡が見られます。一つ間違えば硫黄島の攻防はここで行われていた可能性もあるのですから、そらそうですよね・・・
IMG_4102.jpgIMG_4101.jpg

この後旭山を下山して三日月山展望台まで夕日を見に行ったのですが・・・もう人が多すぎで、せっかく人の少ないところに来たのになんだかなぁと思って帰ってしまいました。いわゆる観光のお薦めポイントは私には向かないようです。ので、翌朝朝日を見に行こうと決めました。

テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

小笠原一航海_ハートロックカフェ_161029

島南部を走っていると父島クリーンセンターがありました。だいたい行政区分の外れに作られますよね。
IMG_4065.jpgIMG_4066.jpg

■コぺぺ海岸へ続く道
IMG_4067.jpg

■扇浦の商店
IMG_4068.jpg

■ハートロックカフェ
だいたいのお店が14時を過ぎて閉まっていたので、カフェで軽食をとりました。父島にはハートロックと呼ばれるハート型に見える岩がありまして、それとアメリカにあるハードロックカフェを混ぜただじゃれの名前でしょうね。ロゴもパロディなので。欧米観光客と思われる方が連日なんでしょうね、昨日と一緒みたいな注文の仕方してました。気持ちわかるけど地のものも食べたら?って思いましたけどね。
IMG_4069.jpgIMG_4071.jpg

■島東部山道
おなかが満たされたらもう14時半。島の東部を通って一周したあたりの旭山を登るには時間がない・・・ということで急ぎました。天体観測所やら種子島で打ち上げたロケットを追跡する施設などおもしろそうな施設でしたが、中に入るのは無理でした。そらそうだわな。
IMG_4072.jpgIMG_4077.jpg

で昨日のツアーの入り口となった夜明け山まで戻ってきました。気になっていたのは首なし二宮尊徳の像。心霊?っておもってましたが、どうやら説明書きを見ると敢えてこのままにしているみたいでした。首は米軍が持ち去ったようですと書いてありました。
IMG_4073.jpgIMG_4074.jpgIMG_4075.jpg

明るいうちに旭山を登って降りてしたいので急ぎました。

テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

小笠原一航海_歩いてジョンビーチへ_161029

イルカ、戦跡の後は原付を借りて父島を一周です。島に行くと必ず徒歩、自転車、原付で島をぐるっと回ります。別に調査で行っているわけではないですが、なんとなく全体感をつかみたいんでしょうね。性格でしょうね。

父島は港とその町(大村地区)が中心地です。この中心街が島の北部にあるため、中南部はほぼ自然です。メインの道は島の西側で、東側は山の中を通っています。基本車か原付でしか通らない道のようです。一応バスも通っています。このバス停から3時間ほどかかるジョンビーチまで歩いていきました。父島は大島地区を離れると売店や自動販売機が非常に少ないため、2L以上の飲み水を確保してから行くことをお薦めします。重たいなぁと思っていましたが、汗がだくだくで、3Lほどの飲み水は戻ったときほぼなくなっていました。熱中症になるかと思うくらい体も熱くなってしまいましたし、人間こんだけ汗かくんだって思いました。

■スタート小湊海岸 9時頃
IMG_4064.jpgIMG_3982.jpg

入り口には靴底を掃除する設備と何目的できたかを石で投票するアンケート箱がありました。石でのアンケートっていいなって思いました。廃棄物でないですし、生態系壊しませんものね。
IMG_3983.jpgIMG_3984.jpgIMG_3986.jpg

■八ツ瀬川
橋を渡ればいよいよ壮大な散歩が始まります。柵は山羊の出入りを防ぐためのようです。この扉はきっとドラクエだったら、とうぞくの鍵が必要な感じのやつですね。

本来、山羊はこの島に生息していなくて人間が持ち込んだものです。それを生態系破壊の悪者というのはちょっと気が引けますけど。奄美大島と沖縄のマングースもそうですね。理屈はわかるしそれを駆除されている方に否定もないですが、なんでしょ、「バスターズ!」みたいに盛り上げられるとね・・・勝手に持ち込んでごめんなさい とか 放しておいてなんかすみません くらいでやってほしいなと思いますね・・・

IMG_3985.jpgIMG_3987.jpgIMG_3988.jpg

■中山峠
まずは15分くらい登ります。で同じくらい下ります。てっぺんの景色はなかなか爽快です。
IMG_3989.jpgIMG_3990.jpgIMG_3991.jpg

IMG_3992.jpgIMG_3993.jpgIMG_3994.jpg

IMG_3995.jpgIMG_3996.jpgIMG_3999.jpg


■ブタ海岸
ここ、海側から来る分には大変ではないんでしょうね。行きは泳いでいる人たちの道具が置いてありました。この荷物をもって峠は越えるの大変だろうなと思いましたが、海側からガソリンで来る分には楽ちんですね。少し海岸を歩くと再び山登りです。ここにも戦跡と思われるものがありました。
IMG_4002.jpgIMG_4004.jpgIMG_4005.jpg

IMG_4006.jpgIMG_4007.jpgIMG_4010.jpg

■休憩所
一番左が登りはじめで、10~15分で休憩所(真ん中)につきますが・・・ここからキツかった・・・一番右はおそらく休憩所からの景色?ここで道を整備している方々がお昼ご飯食べに小湊海岸バス停に向かっていくのとすれ違いました。私が飲み物と少しの食べ物を持っているのを見て「お店でも開くの?」って冗談言ってくれましたが、もう冗談返す元気もないくらいでした・・・
IMG_4011.jpgIMG_4012.jpgIMG_4015.jpg

■高山経由
高山からの景色が綺麗だけど、午後は逆光になるので登るなら午前と言われました。素直に午前に登りました。休憩所から高山山頂がきつかった。たぶん20分くらいなんですけどね・・・んで、当然山頂には日陰が少ないのでものすごい日差し。水分かなり持って行かれました。
IMG_4017.jpgIMG_4018.jpgIMG_4019.jpg

IMG_4020.jpgIMG_4022.jpgIMG_4024.jpg

■高山頂上付近
下山場所を見つけてジョンビーチへ行く道が大変でした。というか道がわかりづらい・・・何度か外れそうになりました。どうみても崖というところから引き返してみたりを何度かしました。雪道なら遭難でしたね。ここでまた20分~30分くらいでしょうか。
IMG_4025.jpgIMG_4026.jpgIMG_4027.jpg

IMG_4028.jpgIMG_4029.jpgIMG_4030.jpg

IMG_4031.jpgIMG_4032.jpgIMG_4033.jpg

IMG_4034.jpgIMG_4035.jpgIMG_4039.jpg

■高山下山ジョンビーチへ
降りる場所を見つけてジョンビーチまで向かいます。ここからさらに30分ほどかかりましたかね。筋肉ぷるぷるしますが、日陰が多いため登山よりは楽でした。
IMG_4037.jpgIMG_4042.jpgIMG_4044.jpg

途中にきちんと救急道具などもあって、さすがだなぁと整備してくださる方々に感謝です。
IMG_4045.jpgIMG_4046.jpgIMG_4047.jpg

ようやくジョンビーチにつきました。ビーチまでの道は整備中といった感じで資材がたくさん。運ぶだけで一苦労だろうなと。15分ほどのんびりしていたらもう1人別の方が来られました。あと、ここは海のツアーやシーカヤックのツアーが海から来るところです。海から来る分には楽そうでしたね・・・
IMG_4048.jpgIMG_4050.jpgIMG_4049.jpg

IMG_4051.jpgIMG_4055.jpgIMG_4058.jpg

今度は高山を通らず素直にブタ海岸へ戻ります。途中で山羊の一家とトカゲにも遭遇しました。
IMG_4059.jpgIMG_4060.jpgIMG_4061.jpg

帰りは山登りしなかったので途中の休憩所までが短く感じました。というより高低差が少なかった上に日陰が多かったので、体力は随分もちました。行きの方がキツかった・・・再び中山峠を登っておりて、バス停につきました。時間はすでに13時を回ってました。
IMG_4062.jpgIMG_4063.jpg

冷たい飲み物がほしくって、おなかもぺこぺこでした。自分ってこんなに汗でるんだっていうくらい体の中の水分一回全部出たんではないかと言うくらい汗かきました。多少ふらふらしてしまっていて、真夏にいったら危なかったかもなというくらいでした。無理は禁物ですね。で、最寄りの自動販売機を探し、扇浦の商店でポカリがぶ飲みしました。人生で一番「ポカリのまなきゃ」って思った瞬間でした。体力が落ちている分、ある種部活よりも切実でした。おかげで少し熱持っていた体も冷めました。しかし、すでにお弁当は売り切れ。。。やむなく一度大村地区にご飯を食べに戻ります。島の北から南は原付で10~15分で着きますが、さすがにおなか減っていたのでつらかったです。




テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

小笠原一航海_資源循環事情_161028

ツアーは15時には終わったので、ビジターセンターやら役場をうろうろしてました。役場に何しに行ったって?おもしろい統計資料とかがあるかというのを見に行きました。小笠原村って、元プロ野球選手の小笠原道大を応援しているってなってました。後で調べたら観光親善大使になっていたみたいです。でもそしたら小笠原慎之介選手やサッカー小笠原満男選手もいけるやん?って思ったりもしましたが・・・

環境課にいってみたら、この島の環境下は自然遺産関係の仕事が大半で、資源循環は建設水道課だと言われました。建物が隣にあるみたいで、普段島民もあんまり来ない感じの入り口でした。
IMG_3979.jpg

お部屋に入ったら観光客が何の用だろう?という不思議な雰囲気が漂いましたが、どうしましたか?と丁寧に質問してくださり、「この島の資源循環について聞きたいです」といったら「リサイクルとかなら○○さんかな」っていってご対応いただきました。

■島の人口
離島としては移住者が多く、人口自体は増えています。でも戦前の強制疎開前1944年は6,457人もいたんですね。1968 年の日本復帰時の782人から統計が再開されていて、徐々に増加。2016年現在は2,500~3000の間くらいでしょうか。

■ごみの量
1998年に1.3%だったリサイクル率が1999年には18.2%になってます。

【不燃ごみ】
1998年の623tから1999年に109tになっていて、家電リサイクル法(1998)ダイオキシン問題が関係しているのかなぁと。きちんと聞けばよかった・・・2,003年には不燃ごみ区分がなくなり、すべて焼却炉に向かっています。

2015年のリサイクル率は37.0%で、約430tの資源化の48%が古紙段ボール、次いで金属類21%となります。

【生ゴミ】
食品残さは基本コンポストにして、農家さんに無料配布とのこと。これは母島でも行われていて、父島より専業農家が多い母島ではもっとあってもいいくらいとおっしゃっていました。コンポスト化には木くずを使っているとのこと。理由は島の木の成長がはいこととシロアリが発生することです。薪として利用することもあるそうですが、暖房需要も少ないので、木の有効利用するためにも役立っているということでした。

【可燃ごみ】
こちらも1998年の2,196tから1999年に1,192tと約半分になり、2015年は686tになっています。

【焼却ごみ】
2,196tから1,192tと一気に減っています。その後焼却ごみは2008年に向けて下降。一時は662tまで減少し、2,015年は686tになっています。別表では788tが焼却ごみとなっていて、焼却施設へは707tが向かっています。その後管理型処分場へ焼却灰が埋め立てされており、140tとなっています。2,015年の埋立率は14%となってますね。

【粗大ごみ】
2003年ごろから29~40tでほぼ横ばいです。収集されたごみのうち焼却ごみ、粗大ごみは父島クリーンセンターにいきます。母島の焼却炉は2,002 年の11に廃止となって、父島への輸送となっています。

【資源ごみ】
これまた1998年に38tだったものが一気に1999年に253tに。2002年に170tまで減りますがその後2015年に418tまで増えているので、地道な分別が少しずつ浸透しているのかもしれません。生ゴミを加えた資源化料は428t。生ゴミ以外は一部陶磁器やガラスくずなどが安定型処分場に行き、残りはすべて本土出荷となっていて、2,015年は399tが出荷されていますが・・・なんで表の418tと合わないのかなぁ・・・

■処理施設
父島には父島クリーンセンターという施設が唯一です。母島にはありませんので、運んでくることになるとのことでした。施設規模(日量×施設数)で4.6t×1です。1日8時間稼働。年換算365日稼働だと1,679t、平日換算(約240日稼働)で1,104tになりますね。立地はやはり中心集落から離れた父島の南側でした。

■経費の特徴
2,015年の廃棄物の村負担の運搬費は1,160万円で処理費の120万円の約10倍です・・・もちろん動脈物流も同じなので、島の中で循環させることが最も経費削減になり、かつ原油価格にも影響を受けないし、化石燃料も使わないのでいいのでしょうね。これらは島しょ地域ではだいたい当てはまる事情のようです。

まぁパラオも例外でないみたいですけどね。。。パラオの循環スキームができたら、国内外の島しょに広がるといいなと思います。


■資料
資源循環資料セット_160630s.pdf

テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

FC2カウンター
記事から探す
プロフィール

ebiy1

Author:ebiy1

最新記事
twitter
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QRコード
最新コメント
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
ビジネス
436位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
マーケティング・経営
117位
アクセスランキングを見る>>